新野和也
救急救命のプロも注目するリバーレスキュー講習
北海道の富良野を拠点に、自然体験ツアーや各種の自然型研修、体育施設の指定管理受託など、アウトドアを基軸に幅広い事業展開をしているどんころ野外学校。自衛官、電気店スタッフを経て29年前にこの自然学校へ転職した新野さんは、リバーレスキューやリスクマネジメント、救急法のプロフェッショナルだ。北海道知事が認定する北海道アウトドア資格制度では、複数の科目の試験官も務める。アクティブなアウトドアは万能で、ラフティング、カヌー、MTB、トレッキング、犬ぞり、スノーハイクとなんでもござれ。北海道ならではの冬季競技であるカーリングにも、チームビルディングの教育ツールとして注目。関わっている地元の活動団体からは3人ものオリンピック選手が誕生した。
「冒険家の植村直己さんが憧れでした。植村さんが帯広に開いていた野外学校に行きスタッフとして働きたかったんですが、そこは子供向けのプログラムで。私はどちらかというと大人を対象にした活動をやりたかったんです。今のどんころ野外学校代表の目黒義重が、当時そこの理事だった縁で声がかかり、富良野に来ることになりました。北海道はフィールドのスケール感が大きく季節感も独特です。そんな環境の中で、自然を満喫しながら講師としてのスキルを磨いてきました」
受講者には消防士、警察官、海上保安官、自衛隊員などが多数
リスクマネジメント系講習の受講者は、アウトドア関係の人ばかりではない。消防署員、警察官、医療関係者、自衛官、海上保安官など救命救急に関わるプロも多い。そんな人たちが、なぜ自然学校主催の講習会に参加するのだろう。
「私が担当しているのは川の事故に特化した講習です。川で遭難者を救出するにはどんな技術が必要か。急流に流された人や増水で取り残された人の救助…。最近は消防学校の選択コースのなかにも導入され始めていますが、全体としては川に特化した訓練はありませんし、自衛隊の場合も部隊限定です。すべての隊員が本格的な渡河訓練を行なっているわけではありません。警察の場合も同様です。参加される皆さん何らかの形でレスキューや安全対策の仕事に携わっておられ、たとえば人工呼吸のような基礎的な技術は持っておられます。しかし、求められるスキルは遭難の起きた場所によってさまざま。水辺の遭難は出動要請が多いことと、近年は水害が増えていることもあり、本格的に川のレスキューの勉強をしたいという人がプロの中にも増えています」
新野さんのフィールドである富良野地域でも、2016年には記録的豪雨による大水害があった。日ごろからの備え、そしていざというときの対策として、そもそも川とはどのような存在かということも知っておく必要がある。自然のメカニズムだ。川の楽しさも怖さも知る、つまり水の流れとの付き合い方が体にしみ込んでいる新野さんたちのようなアウトドアズマンの経験と知識が、社会に役立つ時代になってきたのだ。
自然が持つ厳しさや怖さの一面を伝えるのもガイドの仕事
「たとえばラフティングだと、落ちた、ひっくり返ったというのは日常的なんですね。想定内。しっかり訓練を受けたガイドなら余裕を持って対処できるんです。ところが経験の浅いガイドだと、慌ててしまって態度や表情に出る。それがお客さんに伝染してパニックが起こるのがいちばん怖い。想定外の事故に発展してしまうんです。そうならないためにも、大事なのは日ごろの練習とリスクマネジメントの励行です。そして重要なことは、絶対に事故を起こさないという緊張感と心のゆとり。ゆとりを生み出すのは備えです。講習の最後はいつもこういいます。“レスキューってやってみると大変でしょう。でも実際の事故の大変さはこんなものじゃないですから”。状況は毎回違い、しかも一分一秒を争う。訓練とは比べものにならない重圧の中で冷静に選択を誤らずに対処しなければなりません。このことをしっかり胸に刻んで帰ってもらいます」
自然の楽しさを伝えるのもガイドの仕事だが、その厳しさや危険性について伝えるのもガイドの役割だ。アウトドア業界には後者の対応ができるガイドがまだまだ少ないと感じている。自然の中での事故を減らすとともに、磨いたスキルを災害が起きたときに還元できる活動を、これからも広げていきたいと考えている。
取材・文/鹿熊 勤
-profile-
新野 和也 Kazuya Nino
NPO法人どんころ野外学校 職員
大阪出身。高校卒業後、陸上自衛隊、一般会社員を経て1990年に「どんころ野外学校」へ入学。カヌー、登山、犬ぞり等野外活動を学ぶ。当初安全対策が不十分な中で自身が何度も危険な目に合い安全管理と緊急事態への対応の重要性を痛感。救急法やレスキュー法を学ぶ。現在「認定NPO法人どんころ野外学校」のスタッフとして活動中。