ジャパンアウトドアリーダーズアワード|Japan Outdoor leaders Award

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受賞者

神保清司

公的教育施設ならではのフォローアップ技術を磨く

千葉県南房総市にある大房岬自然の家は、年間3万人が訪れる公の青少年教育施設。指定管理者として運営を担っているのがNPO法人千葉自然学校だ。所長の神保清司さんは、日本における自然学校の草分けのひとつ、ホールアース自然学校の出身。

「大房岬自然の家の管理を受託したときにまず実感したのは、民間の体験施設と公営の体験施設の本質的な違いでした。小学校の学習指導要領に自然体験や集団宿泊活動の推進が盛り込まれたこともあり、ここには年間150を超える小学校が訪れます。公の自然体験施設の役目は、子供たちに公平に自然体験の機会を与えることですが、すべての子供たちに体験による学びを感じて帰ってもらうのは容易なことではありません」

神保さんが違いの象徴として挙げたのは“体験格差”だった。

民間の自然体験施設の場合、基本的には希望者だけが申し込んでくる。子供を送り出す親は自然に対する理解がおおむね高い。子供の成長のためなら、多少お金がかかっても思い出に残る体験をさせたいと考えている。主体である子供たちも体験に前向きで、キャンプや川遊びに期待を膨らませながらやってくる。

一方の公営施設の場合は状況がやや異なる。学校単位での参加なので、中には自然体験をしてこなかった子もいる。理由はさまざまだが、代表例は受験である。キャンプに行かせる時間があるなら塾で勉強したほうがよいという教育方針だ。子供たちから体験の機会を奪っているもうひとつの事情が、じつは家計。教育のための投資をしたくても、塾にもキャンプにも参加させられない家庭がある。経済格差が体験格差にもつながっているのである。

自然の中で遊ばないのは田舎の子供も同じ

そうした子供たちをフォローする学校行事が宿泊学習であり、リーズナブルに利用できる公の体験施設なのだが、体験そのものが希薄な子供たちは、自然の中で過ごすという活動自体に興味がないため、参加意欲が薄く“連れてこられた”という感情が強い。

「都会の小学生を受け入れるだけでなく、地元の小学生対象のプログラムも行なっているんですが、田舎の子供たちにもまた課題がありまして。スマホの依存度が高いんですよ。小学5年生で9割以上が持っていて、みんなで集まってもスマホをいじっているだけで外遊びをしない。民間の自然学校時代は、そもそもそういう子はいなかった。だから実験的なことも意欲的にできたんですが、今はどうすれば自然に対して前向きになってくれるかというマイナスポジションからの出発。段差が大きなぶん、逆に役割の大切さを感じています。そういう意識を変えることも仕事だと思うと、挑戦のしがいがあります」

一施設のスタッフだけでは変えられることではないと考え、地域の人たちとの連携も重視してきた。そのきっかけも15年前に指定管理者になったときだった。

「はじめて知ったのですが、地元の人たちの中にはうちの施設を快く思っていない人たちもいたんです。観光業者と長い軋轢があったのです。自然の家が生徒を泊めるからうちらの宿を利用しないんだ。民業圧迫じゃないかと。このわだかまりが消えるまでには10年くらいかかりました」

相互泊から深まった地域の人たちとの連携

神保さんが地元に提案したのは、宿泊をシェアする相互泊だ。2泊3日のうち、1泊は自然の家に泊まり、もう1泊は地域の民宿などに泊まってもらう。自然の家の売り上げは下がったが、地元には年間1000万円ほどの経済効果が生まれた。両者の間の溝はいつしか消え、地元の人たちの間にも自然教育に関わっていこうという機運が生まれた。最も記憶に残るプログラムが、千倉漁協と行なった蓄養場見学だ。

「千倉には磯の岩をプールのように四角く掘り抜いた獲物の蓄養場があるんですよ。かなり昔に掘られたものですが、今も漁師さんや海女さんがとってきたイセエビやアワビ、サザエはここに活かしておき、相場を見ながら出荷します。大事な場所なので普通の人は入れないんですが、小学生にだけ特別に見せてくれることになりました。単純に面白いだけでなく、ここのアワビは香港にも輸出されていて、向こうではいくらで売られているといった生きた経済の話も聞けました。究極の社会科です」

自然の家だけでできるプログラムには限りがあるが、地域の人たちと力を合わせることで、体験自体に幅と深みが生まれた。「興味がないなんて言わせない」という思いは、子供たちと接するようになった地元の人たちも同じだった。

「民宿の人たちがこういってくれたんですよ。お前が一生懸命やってくれるから、俺らもがんばんねえといけねえなと思ってよって。そういう気持ちは、先生や子供たちに伝わるものです」

課題は依然として山積している。だが、公的な施設であることをできない理由にはしたくない――。神保さんは、そうきっぱりと言った。

取材・文/鹿熊 勤

-profile-

神保 清司 Jinbo kiyoshi

NPO法人千葉自然学校 受託事業部長 兼 南房総市大房岬自然の家 所長

NPO法人海に学ぶ体験活動協議会(CNAC) 副代表理事

1976年山形県米沢市出身。まき割り、風呂焚きがある家で育つ。青森大学大学院環境科学研究科を卒業後、ホールアース自然学校に在籍。富士山麓でのエコツアーガイド・家畜動物との里山暮らしを通じて経験を積む。2005年千葉自然学校入職。南房総市大房岬自然の家を拠点に年間18,000人の子供たちを迎え入れながら、地域の資源を活かした持続可能な旅行商品づくりにも積極的に関わる。

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