ジャパンアウトドアリーダーズアワード|Japan Outdoor leaders Award

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受賞者

平工顕太郎

川が持つ本質的な価値を“なりわい”から伝える

現在37歳。組合員約700人を擁する岐阜県長良川漁協総代(地区役員)のひとりで、職業として魚獲りを継承する、いわゆる川漁師としては流域最年少。65歳以下では唯一のプロ(専業者)である。以前は宮内庁式部職鵜匠代表の専属船頭として鵜舟を操り、1300年の歴史を持つ長良川鵜飼の伝統を支えてきた。

長良川流域の町で生まれ育ち、子供の頃から魚遊びが大好き。川に関わって生きて行こうと思ったのは、カヌーイストの野田知佑さんが校長を務める『川の学校』に運営スタッフとして参加したことがきっかけだ。

「僕が子供の頃の遊びはほとんど大人から与えられたものでした。でも、川遊びだけはそうじゃありませんでした。相手は自然の生きものなので自分で積極的にクリエイトしないと楽しめないんですよ。今の自分があるのは、そこに夢中になれたからだと思います。長良川流域はほかよりも子供の川遊びには理解があるほうです。遊べ遊べ、体験は大事だ。自分たちもそうやって育ってきたんだと。ところが、川漁師になりたいと言うと、とたんに態度が変わるんですね。急に冷ややかになるといいますか。こっちの方言で、たわけとかとろくさいと言うんですが、ばかげたことだ、やめておけという。船を持っていても川漁師の看板を下ろさなければいけないのが今の長良川の現実なのに、お前みたいな今どきの若造が漁で飯を食えるわけがないというんです」

 

高価な天然アユを売ることだけが川漁師の生き方ではない

ほとんどの組合員が年金暮らしか兼業だ。操業は趣味の延長程度。あるいはアフター5や週末に集中してアユを獲り、それを出荷場に卸して副収入を得ている。専業で飯が食えるくらいなら、とっくにやっているというのが先輩たちの言い分だ。言い換えると、長良川ではアユを中心とする川の幸が久しく獲れなくなっているということでもある。環境の変化に対する諦めのような空気が、回り回って若者の夢に水を差す雨となっている。しかし、平工さんは諦めない。川で生きて行く方法は、天然アユのような高価な魚を獲って売ることだけではないと考えている。

「川漁師って、じつはいろいろなスキルを持っているんですよ。動力に頼らない棹や櫂による操船技術。季節ごとに変化する魚との駆け引きと獲り方。獲物を中心とした川の生態系のしくみ。川の流れのメカニズムとリスクマネジメント。水揚げはこれらの知識・技術の上に総合的に成り立ちますが、僕はそれぞれの要素すべてが可能性だと思っています」

そんな確信から、漁業と並行して始めたのが木造の和船を使ったエコツアーだ。『結の舟』と名付けた会社を作って参加者を募集し、少人数限定で川へ出て漁体験をする。参加者自身が棹や櫂で舟を操る。棹や櫂は今では博物館でしか見られないような文化財級だが、触れて使ってはじめて腑に落ちることもある。参加者は平工さんのレクチャーをもとに魚のいそうな場所を自ら推理する。漁網の目合いは今も鯨尺で表現し、獲物の大きさもセンチメートルではなく何分何厘。そんな話も聞きながら実際に漁をするのだから、否が応でもツアーは盛り上がる。

網を入れる場所を誤れば獲れない。非常な現実も味わうこともあるが、意外な偶然もあるのが自然の面白いところ。当然だが獲物は生きている。アユはぴちぴちと跳ね、手から滑り抜ける。そのぬめりからはスイカに似た芳香が漂う。モクズガニは力強い爪で参加者の指を容赦なく挟みにくる。そうした生の体験から得られるのは感動だけではない。川という自然の意味を肌で考えてもらう絶好の機会になる。

 

自然と共生するヒントの提供が漁師の収入になる時代へ

「アユもモクズガニも、海と川を行き来します。同じような生活史を持つ生きものが川にはたくさんいます。森、川、海のつながりの意味を漁師の目線から伝えていく。これからはそういう教育的要素も資源になるはずです。自然と共生するためのヒントを伝えていく活動すべてが、収入に結び付く。そういう仕組みを日本中の川に広げることができたら痛快ですよね」

漁師だから見える流域の課題もある。ひとつは川の濁りだ。田植えの準備の代掻きの時期、濁った水が流れ込む。遡上期の天然アユへの影響に気を揉むが、農家には農家の暮らしがある。ただ、さまざまな品種を植えた昔は今ほど作業が一斉ではなかったので、こうした濁り水の漁業への影響は少なかっただろうし、殺菌剤や除草剤のようなものも使われなかっただろうと思うことがある。

そして課題といえば、大きな議論を巻き起こして作られた河口堰。この構造物の影響は自分たち漁師の未来にも直結しており、今後もしっかりウォッチしていく必要がある。

「皆さんの暮らしは強固な堤防で守られていますよね。だから生活を脅かすほどの出水でない限り、川の変化に関心を寄せることは少ないと思います。一方で、僕たち川漁師の暮らしはすべて堤防の内側にあります。だから小さな川のちょっとした変化にも敏感です。そして報道で “絶対に川に近づかないでください” と連呼されるタイミングのとき、必ず僕らは川にいます。台風の最中や氾濫危険水位、あるいは夜中であろうと関係ありません。大切な舟を守るために川に行かなければならないのです」

水害が多発している近年、世間は川に対してナーバスになっている。増水するたびに川は危険な場所だとイメージづけられるが、じつは川の清らかさは出水があることによって保たれている。川の生きものの暮らしのベースになっている石の上の付着藻類の新陳代謝がはかられたり、河床に積もった泥が荒い流されるからだ。体験ツアーでは、増水という現象が必ずしも悪いことばかりではないことも伝えるようにしている。

「川は僕にとってレジャーや憩いの場ではなく暮らしの一部で、つねに地球の都合にあわせて生きていかなければいけません。今の時代ではとても非効率で大変な生き方なのですが、地球という存在を理解し、自然の恵みに感謝することの大切さを実感しています。風土の中で生きてきた日本人がこの先も失ってはいけない心、それらを垣間見ることができる素敵な “なりわい”、 それが川漁師です」

活動をはじめて5年。地元の学校をはじめ、観光支援の組織、行政、大学、水族館などさまざまなところから提携のオファーがある。地元テレビ局とは長良川の自然環境を紹介する連続番組を一緒に作り、自らメインナビゲーターと監修、ナレーションを務めた。

なぜ川を守らなければならないのか。この根源的な問いは、行政や漁協のような組織には依然として手に余るテーマだ。自然について本質的な議論をする場を、体験や交流を通じて今後も増やしていきたい――。新時代の川漁師は淡々と、しかし熱く語った。

取材・文/鹿熊 勤

-profile-

平工 顕太郎 Kentaro Hiraku

川漁師/結の舟(ゆいのふね) 代表

長良川漁師。 木造和船と伝統漁法を継承する唯一の現役世代。国指定重要無形民俗文化財『長良川鵜飼』では宮内庁式部職・鵜匠代表の専属船頭を務めた。河川漁業を主軸に天然鮎の流通、川魚の6次産業化、魚食普及活動ほか行政および教育機関と連携した「流域担い手育成事業」「海洋教育講師」などを兼任。メディアによる清流文化の魅力発信では地域ブランドの底上げに貢献。和船 ツーリズム仕掛人。講演多数。農獣医学部水産学科卒。

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