森重 裕二
「少子化といわれますが、日本の第一子出生数は50万人。その親御さんすべてにライフジャケットをあたりまえにしたいんです」
滋賀県で教員になって間もない頃学校の行事を川で行うことが決り、「これは危ないな……」と感じていました。まだ若く何も意見をいえずその日を迎えました。するとその行事中に目の前で子どもが溺れてしまったのです。一瞬の出来事でした。水深は浅くすぐに助けることができたので事なきを得ましたが本当に危ない瞬間でした。それから自分の所属校で水辺の安全のことや「ライフジャケット」の必要性等を訴えるようになりました。いろんな団体からライフジャケットを借りて準備をしました。そんな姿を見て所属校で購入くれることになり、数年で行事に参加する子どもの分のライフジャケットが揃いました。動いて、伝えれば確実に変わっていくことを初めて実感した期間でした。
その後、2007年の夏、滋賀県甲賀市の小学生の女の子2名が高知県の四万十川で亡くなるという事故が起きました。私が勤めていた学校の近くの小学校で自分の所属している市教育委員会のイベントでした。新聞の1面でそのことを知り涙が止まらなかったことを覚えています。「もっと市内の人に知らせていれば……」「もっと大きな声で叫んでいれば……」と自分を責めました。この事故をきっかけに私は腹をくくりました。
「二度とあんな思いをしたくない」それから「子どもたちにライジャケを!」の活動を始めて15年間、毎日のSNSでの発信、ライフジャケット着用教室、イベントでのブース出展などを中心にひたすら活動を続けてきました。思いはただ一つ「子どもたちの命を守ること」です。そのためにはどんな人でも賛同しやすくなるように一人で発信することです。仲間や応援いただいている人はたくさんいますが活動自体は一人でやることにしています。重要なのは未来に向けてポジティブなイメージになるように発信することです。とにかく「水になじみのない」「アウトドアに興味がない」といった方にいかにメッセージを広げていくか「丁寧にわかりやすく、何度も粘り強く」にポイントを置いています。
人間の身体は思っているより浮きません。数パーセントしか水より上に出ないことや溺れる時は静かに溺れてしまうことなど、みなさんのイメージとは違う事実があります。活動を続けてきてほとんどの人が知らないことを痛感しています。いざ事故が起こったときにはそのすべてが反転します。事故が起こってしまうと大切な命をなくしてしまうだけでなく、たくさんの悲しい思いや大きな混乱が生まれます。それはずっとみんなの心に深く残ることになってしまいます。事故が起こってからではどうしようもないことがあるのです。事故を防ぐということは子どもたちの命を守るだけでなく、後からではどうにもならないことを防ぐということでもあります。
発信には「ライジャケサンタ」という楽しい名前を使っています。各地で「Lifejacket Santa Project」というライフジャケットを自治体に寄贈する動きをつくる方が現れていて、各地に「ライジャケサンタ」が生まれています。活動をはじめた頃は春ごろになってから発信をはじめ、水のシーズンが終わると発信を止めていました。でもシーズンまでにどれだけ話題にできるかが安全の鍵だと感じるようになり、シーズンではない時期にこそ気合いを入れて、一年中メッセージを発信するようにしました。
とにかく「楽しい雰囲気で伝える」ということが大事で仲間と一緒にオリジナルソング「カッパのふうちゃん」をつくり、「石あかりロード」という地元のイベントなどでライブをしながらライフジャケットのことをアピール、その様子をYouTubeにアップしたり講演で歌ったりしています。また、読めば「水辺の安全」のことやライフジャケットのことがわかる「絵本」があればそれを読み聞かせした大人も読んでもらった子どもも理解が深まり、「絵本」を学校や園に行き渡らせることができれば多くの方にメッセージが届くと考え、まずは1000部の目標を達成するべくSNS等で協力を呼びかけました。すると驚くことに一週間で達成。滋賀県甲賀市在住の絵本作家・市居みかさんとつくったこの絵本『かっぱのふうちゃん』は発売2週間で増刷が決定!好評発売中です。
https://peraichi.com/landing_pages/view/raijake/
ライフジャケットの着用について「啓発」をすることは大切。着用を体験してもらうことも大切。ですがそういった情報は「関心のある人」には届くけれど「関心のない人」には届きにくいのです。この間を埋めることを目標に活動を続けてきましたがなかなか難しい。その視点を変えてくれたのが、移り住んだ香川県でのライフジャケットのレンタルができる「香川モデル」の取り組みからの気づきでした。香川県教育委員会が50着の「ライフジャケット・レンタルステーション」を開設。香川県内の学校等にチラシで呼びかけると即日夏休みまでの予約が埋まってしまいました。学校でのプールでの安全教育、着用体験や子供会を主催する団体などに活用され一気に拡まったのです。現在では100着がレンタルされています。
このライフジャケットのレンタルができる「香川モデル」から気づいたのは「“もの”を準備すること」が最も大切だということ。準備されれば隠れていた「ニーズが顕在化」し活用が広がっていくということです。それは目から鱗の発見でした。それまでニーズがないから啓発しなくては、との考えは間違いでした。ものがあれば活用が広がってライフジャケットの着用を体験する子どもたちも増えます。この動きをSNS等で紹介し他の地域でもやっていただけないか呼びかけたところ現在、全国各地に広がりはじめています。各地で主体的な動きが生まれることで「ライフジャケット」のことが広がっていくと信じています。
また参議院議員さんとスポーツ庁、文部科学省の担当者などへのプレゼンのチャンスもいただき、スポーツ庁の予算で「ライフジャケットを活用した水泳の授業」がはじまっています。うまくいけば来年は「香川モデル」のような形で10を超える自治体でライフジャケット・レンタルステーションがスタートすることになりそうです。
実はJOLAには過去5回も応募していました。JOLAのルーブリック(審査基準)に沿って応募するたびにその年の活動が整理できて育ててもらった感があり本当に感謝しています。どんなによい活動でも続けることでしか広がらないのは私自身が身に染みて実感してますので、今後もよき仲間に出会うたびにエントリーをすすめていきます。
取材・文/大久保 徹
-profile-
森重 裕二 Yuji Morishige
子どもたちにライジャケを! 代表
庵治石細目 松原等石材店 3代目
学生時代に、野外教育、環境教育を学ぶ。卒業後は、ヒッチハイカー、フリースタイルカヤッカーを経て小学校教諭に。2007年より「子どもたちにライジャケを!」の活動をスタート。“ライジャケサンタ” として、日々「ライフジャケット」について SNS 等で発信を続けている。2019 年春に約20年続けた小学校教諭を退職し、現在は「庵治石細目 松原等石材店」3代目として修行中。